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文章を書くことは、命を削ること

by しましょ(島田祥輔)

最近、「文章を書くことは、命を削ること」と思うようになった。

僕の場合は取材先、特に研究者の話を聞いて、それをもとに文章を書くお仕事をしている。だから、自分の想いというよりも、研究者が何を考えているのか、何が正しいのかをくみ取って文章を組み立てる。

研究者の想いが一旦僕の体の中に入ってきて、そこから文章として抽出される。そのときに、少し命が削られているんだと思う。

とはいえ、命が削られたということは、生み出された文章に少しは自分の想いも入っているはず。だとすれば、自分だけでは書けない、研究者だけでは書けない、ある意味「共同作業」の結果なのかもしれない。

他の人はどうなんだろう。取材記事のとき、相手の想いが自分の体を通過するとき、何かを持っていかれる感覚はあるのだろうか。


しましょ(島田祥輔)
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